飛鳥の明日香の里を(明日香村)/散策スポット/天神社(御園)
てんじんしゃ(みその)
御園の集落に鎮座する小社。造化三神の一柱、高皇産霊神を祀る。
近鉄飛鳥駅から南南東へ、檜隈寺跡やキトラ古墳へ向かう道すじにあたる御園(みその)の集落に、石鳥居と横長の社殿がひとつだけ建っています。飛鳥の名所が並ぶ一帯にありながら、案内板の類はほとんどなく、地元の氏神として静かに守られています。
境内は平坦で、石鳥居をくぐると正面に瓦葺きの社殿が横たわります。白壁と板壁を組み合わせた簡素な造りで、格子窓の前に注連縄と鈴緒が下がっています。傍らに石燈籠が並び、ベンチが置かれているだけの、こぢんまりとした社です。
社殿に掲げられた由緒書きによれば、祭神は高皇産霊神(たかみむすびのかみ)です。仲間同士の間柄や、人間関係での交渉ごとで行き詰まったとき、それを円滑に導いてくださる神様である、と記されています。
この社の「天神」は、菅原道真を指すいわゆる天神信仰の天神ではなく、あくまで「天の神」、すなわち天津神(あまつかみ)のことだと由緒書きは断っています。その中でも別天神(ことあまつかみ)である造化三神(ぞうかさんじん)の一柱として、天之御中主神(あまのみなかぬし)の次にこの宇宙に現れた神が高皇産霊神である、という説明です。
ただし明治維新の後に、学問の神である菅原道真も合祀された形跡があるとも書かれており、勉強がうまくゆくようにと願ってもよい、と添えられています。
高皇産霊神は、『古事記』『日本書紀』の中でたびたび皇祖神の活躍をかげで支えた神として描かれます。由緒書きは、神話で名高い「天孫降臨」「国譲り」「神武東征」のいずれでも政治的な手腕を発揮し、みごとに難題を解決した神である、と紹介しています。
あわせて、古代において農業生産力を上げるために鉄などを使った農機具を開発するなど、その貢献には目をみはるものがある、とも記されています。
由緒書きは最後に、この地の「御園」という地名が、「神様に供えるための農作物を生産する荘園」であったことに由来すると説明しています。
神に供える作物をつくる土地に、農具を生んだ神が祀られている。社そのものは小さくとも、地名と祭神が一続きになっている場所です。
近鉄飛鳥駅から徒歩約8分。参拝は自由です。
そのまま南へ進めば檜隈寺跡(於美阿志神社)、さらにキトラ古墳へ続きます。東へ折れれば高松塚古墳や中尾山古墳、駅の方へ戻れば岩屋山古墳や欽明天皇陵も徒歩圏です。集落の氏神ですので、静かに参拝してください。
公開日