飛鳥の明日香の里を(明日香村)/コラム

2026年7月26日に登録されました。選ばれたのは宮殿と寺と墓の跡だけ、しかもほとんどが地下にあります。この19件が示しているのは、日本という国のしくみができあがっていく百年あまりです。

690年、日本で持統天皇が即位した年に、唐では則天武后が皇帝になりました。その半世紀前には新羅にも女王が立っています。7世紀の東アジアで、なぜ女性の君主が続いたのか。

藤原京は中国の古典『周礼』が説くとおり、宮を都の真ん中に置きました。ところが手本にしたはずの長安は、そうなっていません。なぜ本家が経典を外したのかを追うと、隋唐という王朝の素性が見えてきます。

稲渕の棚田には、毎年秋になると見上げるほど大きな案山子が立ちます。題材はその年の話題から選ばれ、二度と同じものは立ちません。

古墳と宮跡ばかり見て歩くと気づきませんが、この村の冬はビニールハウスの季節です。奈良で生まれた大粒のいちごが、そのなかで実っています。

2月の第1日曜、飛鳥坐神社の境内が人で埋まります。天狗が参拝者の尻を叩き、田を耕し、最後は夫婦の営みまで演じてみせる祭りです。

1972年に高松塚古墳の壁画を掘り当てたのは、関西大学の調査隊でした。その三年後に村で始まった公開講座は、いまも続いています。

村の境を越えると、景色がはっきり変わります。飛鳥の風景が残っているのは偶然ではなく、この村だけを対象にした法律があるからです。