飛鳥の明日香の里を(明日香村)/コラム/大化改新

蘇我氏の倉を預かる家に生まれ、入鹿を討つ側にまわり、四年後に謀反を疑われて死にました。その娘たちが、持統天皇と元明天皇の母になります。

蘇我蝦夷と入鹿の邸宅があったと『日本書紀』は書きます。ところが掘っても決め手が出てこない。そして甘樫坐神社は、その丘から少し離れた場所に鎮座しています。

600年、隋へ送った最初の使いは、皇帝から道理に合わないと言われて帰ってきました。そこから百年で、この国は律令をもつ国になります。

遣隋使として三十年あまりを大陸で過ごした学者のもとに、中大兄皇子と中臣鎌足が通いました。稲渕の坂道に、その塾があったと伝わります。