飛鳥の明日香の里を(明日香村)/散策スポット/キトラ古墳
きとらこふん
四神と天文図が描かれた石室で知られる、二段築成の円墳。
7世紀末から8世紀初め頃に造られた円墳です。下段の直径が約13.8メートル、上段が約9.4メートルの2段築成で、高松塚古墳よりひとまわり小さい規模です。
この古墳を特別なものにしているのは石室の壁画です。青龍・白虎・朱雀・玄武の四神がすべてそろって確認された古墳は、国内でここだけです。
壁画の存在が分かったのは1983年(昭和58年)でした。盗掘穴から小型カメラを差し入れた調査で、北壁に玄武の姿が確認されます。亀に蛇が巻きついた、北を守る神獣です。
その後、1998年に南壁の朱雀、2001年に東壁の青龍と西壁の白虎が相次いで見つかりました。発見から18年をかけて、四神が順に姿を現したことになります。
天井には天文図が描かれていました。円で表した星座を金箔で、太陽と月を金銀の箔で示したものです。星は約350、星座は約70。内規・外規・赤道・黄道を表す円も描き込まれています。
実際の天体観測にもとづいて描かれた星図としては、現存する世界最古のものとされています。ただし、どこで、いつの空を観測したものかについては議論が続いています。
壁面の下部には十二支像も描かれていました。獣の頭に人の体を持つ姿で、方角ごとに配されています。子・丑・寅・午・戌・亥の6体が確認されました。
石室は凝灰岩の切石を組んだ横口式石槨で、内部は奥行約240センチ、幅約104センチ、高さ約124センチ。高松塚と同じく、棺を納めるためだけの空間です。
中世に盗掘を受けており、副葬品はほとんど残っていません。それでも木棺の飾金具や漆膜、そして被葬者のものとみられる歯と骨の一部が見つかっています。
2000年に国の特別史跡に指定されました。壁画はカビなどによる劣化が進んでいたため、2004年から2010年にかけて、石室から漆喰ごと剥ぎ取る作業が行われます。
現地に残すか、取り出して守るか。判断は簡単ではありませんでしたが、結果として壁画は保存処理を終え、2019年には国宝に指定されました。
被葬者は特定されていません。天武天皇の皇子とする説、渡来系の高官とする説などが出されています。
「キトラ」という名の由来もはっきりしません。この地の小字「北浦」がなまったとする説と、石室に亀(玄武)と虎(白虎)が描かれていたことによるとする説が伝わっています。
墳丘は復元整備され、周囲は「国営飛鳥歴史公園 キトラ古墳周辺地区」として芝生の広場になっています。
隣接する「キトラ古墳壁画体験館 四神の館」では、原寸大の石室模型や高精細映像で壁画を見ることができます。本物の壁画も、期間を決めて公開されています。近鉄飛鳥駅から徒歩約20分。
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