飛鳥の明日香の里を(明日香村)コラム明日香の夜空 ― 星を見ることが、国の仕事だったころ

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明日香の夜空 ― 星を見ることが、国の仕事だったころ

公開日

街灯が少ないので、日が落ちると空が近くなります。そしてこの村には、飛鳥時代の人が星をどう見ていたかが、そのまま残っています。

明日香村には、大きな商業施設も、明るい看板もありません。景観を守るための規制があり、夜になると集落の灯りと自動販売機くらいしか光が残りません。

そのぶん、空がよく見えます。

明日香村の冬の夜空。オリオン座がのぼり、手前に電柱と農道のシルエット
農道の上にオリオン座。冬はいちばん星が見やすい

日が落ちてから

夏の夜空に広がる星。中ほどに赤いアンタレスが光り、低い空にはまだ薄明かりが残る
低い空にまだ薄明かりが残る時間。中ほどの赤い星が、さそり座のアンタレス

日が沈んでから1時間ほど、空にはまだ青が残ります。この時間に出てくるのは明るい星だけです。

完全に暗くなると、数がぐっと増えます。山の稜線がはっきり黒く落ち、そのすぐ上まで星が見える。盆地の底にある奈良市や橿原市の中心部では、低い空の星は光にかき消されてしまいます。

冬の空

一面に星が散る冬の夜空。中ほどに赤いアルデバランが光り、左下に木立のシルエット
空気が澄む冬。中ほどの赤い星が、おうし座のアルデバラン

いちばん見やすいのは冬です。空気が乾いて澄み、明るい星が集まる季節でもあります。

オリオン座の三つ星を見つけると、そこを手がかりに周りが読めます。左下にシリウス、左上にプロキオン、オリオンのベテルギウスと結ぶと大きな三角になります。右上へたどればアルデバランとすばる。

三つ星の下に、小三つ星と呼ばれる小さな並びがあります。そのあたりにあるのがオリオン大星雲です。肉眼ではぼんやりした光の粒にしか見えませんが、双眼鏡を向けると広がりが分かり、望遠鏡ならガスの形まで見えてきます。

オリオン大星雲。中心の明るい部分から、赤みを帯びたガスが翼のように広がる
オリオン大星雲(M42)。三つ星の下、小三つ星のあたりにある

夏は天の川が見えますが、湿気で空がぼやける日が多く、見える晩は限られます。

石室の天井に星がある

ここからが、この村ならではの話です。

キトラ古墳の石室の天井には、天文図が描かれていました。星を金箔の円で表し、星座を朱の線で結んだものです。星は約350、星座は約70。内規・外規・赤道・黄道を表す円も描き込まれています。

実際の天体観測にもとづいて描かれた星図としては、現存する世界最古のものとされています。七世紀の終わりから八世紀のはじめに造られた墓の、天井にです。

高松塚古墳の天井にも、金箔を貼った星宿があります。こちらはキトラほど精密ではありませんが、東西の壁に人物の群像、四方に四神、そして天井に星、という構成は同じです。

石室のなかに、地上と天がそろえて再現されている。死者は、星の下に横たえられていたことになります。

占星台という建物

星を見る建物もありました。

『日本書紀』の天武天皇4年(675年)正月に、占星台(せんせいだい)を建てた、という記事があります。日本で最初の天文台とされるものです。どこに建っていたのかは分かっていません。

天武天皇自身、即位前の記事に「天文遁甲を能くしたまふ」と書かれています。天体の動きを読むことに通じていた、という意味です。壬申の乱の途中で日食を見て判断したという場面もあります。

のちの律令では、陰陽寮(おんみょうりょう)という役所に天文博士が置かれました。星を観測し、異常があれば天皇に直接報告する。それが職務です。

なぜ国が星を見たのか

趣味で見ていたわけではありません。

当時の考え方では、天の異変は地上の政治と結びついていました。彗星が出る、星が流れる、日が欠ける。それらは何かが起きる前触れとして読まれます。

だから観測は国家の管理下に置かれ、結果は秘密にされました。天文博士が見つけた異変は、天皇に密かに奏上するものとされています。星の読み方を民間に広めることは、政治を語ることと同じでした。

星を見ることが、国の仕事だった時代です。

「天に赤気あり」

『日本書紀』には、そうして記録された空の異変がいくつも残っています。

なかでも知られているのが、推古天皇28年(620年)12月の記事です。「天に赤気あり。長さ一丈余。形、雉の尾に似たり」。空に赤い光が現れ、長さは一丈あまり、キジの尾のような形をしていた、という意味です。

これは低緯度オーロラを記したものではないか、とする説があります。太陽活動が活発なとき、日本でも赤いオーロラが見えることがあります。もしそうなら、日本で最も古いオーロラの記録ということになります。

扇形に広がる赤い光。キジの尾という言い方が、その形をよく写しています。誰かがこの空を見上げて、書き留めた。

どこで見るか

濃紺の夜空に星が散り、山のふもとに集落の灯りが並ぶ
集落の灯りのすぐ上から、星が見える

特別な場所は要りません。集落を少し離れて、街灯のない道に出れば見えます。

甘樫丘の展望台、朝風峠、稲渕の棚田のあたり、そして奥飛鳥。いずれも周りに光が少なく、空が広く見えます。

ただし、どこも夜は本当に真っ暗です。街灯はありません。足元を照らす明かりを必ず持っていってください。棚田や峠道は舗装が途切れる場所があり、片側が落ちている道もあります。

光は完全には消えない

正直に書いておくと、完全な暗闇ではありません。

北から西にかけての低い空は、奈良盆地の市街地の光でうっすら明るくなります。南の吉野方向がいちばん暗く、頭の上から南側にかけてが見やすい範囲です。

それでも、都市部で見える星の数とは比べものになりません。三つ星の下に小さな星が点々と並んでいるのが、肉眼で分かります。

見にいくときのこと

夜の明日香は、住んでいる人の生活の場です。

路上駐車をしない。車のライトを家のほうに向けない。話し声を落とす。畦や私有地に入らない。当たり前のことですが、暗いと距離感が狂いやすくなります。

冬は冷えます。盆地の底より気温が下がり、風のない晩ほど冷えこみます。

同じ空を見ている

星の位置は、千三百年では目に見えて変わりません。

キトラの天井に星を描いた人も、占星台で空を見上げた人も、「天に赤気あり」と書いた人も、いま見えているのとほぼ同じ星を見ていたことになります。

この村で残っているものの多くは、石垣や土の下の遺構です。そのなかで、夜空だけは当時のまま残っている数少ないものかもしれません。

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