飛鳥の明日香の里を(明日香村)/散策スポット/向原寺(豊浦寺跡)
こうげんじ
日本最初の尼寺・豊浦寺の跡に建つ寺。仏教伝来の伝承が残る難波池も。
推古天皇の豊浦宮が小墾田へ移ったあと、この地には蘇我氏によって豊浦寺(とゆらでら)が営まれました。日本で最初の尼寺とされる寺です。
『日本書紀』によれば、蘇我稲目が「向原(むくはら)の家」を清めて寺としたのが始まりと伝わります。善信尼(ぜんしんに)をはじめとする日本最初の尼僧たちが、ここで暮らしたとされます。
いま建っているのは、浄土真宗本願寺派の太子山 向原寺(こうげんじ)です。寺号は「向原の家」の名を今に伝えています。
境内の発掘調査では、豊浦寺の講堂の基壇が見つかりました。さらにその下の層から、石敷や掘立柱建物の跡が出てきます。
下の層は、東隣にあたる豊浦宮のものとみられています。宮の上に寺が建てられ、その上に今の寺が建つ。掘るほどに時代がさかのぼる土地です。
遺構の一部は、境内で実際に見ることができます。
境内の一角に「難波池(なにわいけ)」と呼ばれる小さな池があります。
『日本書紀』欽明天皇13年の仏教伝来の記事には、百済からもたらされた仏像をめぐって崇仏か廃仏かの争いが起き、物部尾輿(もののべのおこし)らが仏像を「難波の堀江」に投げ捨てたという一節があります。
その堀江が、この池だとする言い伝えが残っています。海から遠く離れた飛鳥の池が堀江であるはずはないのですが、伝承はそのまま語り継がれてきました。
さらに後世の記録では、この池に沈められた仏像が、のちに信濃へ運ばれ、善光寺(長野県)の本尊として祀られたとされます。善光寺縁起として語られてきた話です。
捨てられた仏が、日本でもっとも広く信仰される秘仏になる。飛鳥の小さな池と、信州の大寺とが、一本の物語でつながっています。
いま池の中央には小さな祠が建ち、石橋が架けられています。
近鉄橿原神宮前駅から周遊バス「豊浦」下車すぐ。東隣が豊浦宮跡で、「推古天皇 豊浦宮址」の石標が立っています。
境内の遺構の見学には拝観料が必要です。甘樫丘のふもとにあたり、甘樫坐神社や古宮遺跡も徒歩圏です。
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