飛鳥の明日香の里を(明日香村)散策スポット坂田寺跡

坂田寺跡

さかたでらあと

飛鳥大仏をつくった鞍作止利の一族の氏寺。飛鳥最古級の寺で、尼寺でもあった。

渡来人の一族が建てた寺

祝戸からマラ石の前を通って東へ進むと、阪田の集落の手前に坂田寺跡があります。寺の建物は残っておらず、今は田と草地が広がるだけです。

坂田寺は鞍作(くらつくり)氏の氏寺でした。『扶桑略記』は、継体天皇16年(522年)に渡来した司馬達等(しばたっと)が高市郡坂田原に草堂を建てたことを寺の始まりとしています。仏教が公に伝わったとされる欽明朝より前の話で、渡来してきた人びとが私的に仏を祀っていた姿を伝えています。

『日本書紀』には、用明天皇2年(587年)に鞍作多須奈(たすな)が天皇のために丈六仏と寺を造ることを願い出たこと、推古天皇14年(606年)に鞍作鳥(とり)が近江国坂田郡の水田20町を賜り、それをもとに金剛寺を建てたことが記されています。この金剛寺が坂田寺にあたると考えられています。

飛鳥大仏をつくった一族

鞍作鳥は止利仏師(とりぶっし)の名で知られ、飛鳥寺の釈迦如来坐像(飛鳥大仏)や法隆寺金堂の釈迦三尊像をつくった仏師です。司馬達等はその祖父、多須奈は父にあたります。

坂田寺は飛鳥寺と並ぶ最古級の寺院とされ、また豊浦寺とともに飛鳥時代の尼寺でした。『日本書紀』朱鳥元年(686年)には、亡くなった天武天皇のための無遮大会(むしゃだいえ)をこの寺で行ったとあり、当時の五大寺の一つに数えられています。

地中に残る伽藍

発掘調査では、奈良時代の仏堂と回廊が確認されています。凝灰岩の切石を使った基壇建物、南回廊の西端の基壇と礎石、幅約50センチの雨落ち溝、人頭大の川原石を敷きつめた犬走り、直径80センチの石英閃緑岩の礎石などです。

金堂・講堂の北東では、鎮壇具(ちんだんぐ)を納めた土坑が見つかりました。鏡、金箔、絹糸、銅銭、水晶玉のほか、「坂田寺」と墨書された土器、素弁蓮華文の軒丸瓦、忍冬唐草文の軒平瓦が出土しています。寺の名を記した土器が出たことで、ここが坂田寺であることが裏づけられました。

一方、飛鳥時代の主要な伽藍がどこにあったのかは、まだ分かっていません。国の史跡には指定されておらず、日本遺産「日本国創成のとき〜飛鳥を翔た女性たち〜」の構成文化財になっています。

公開日

所在地
奈良県高市郡明日香村阪田
アクセス
近鉄橿原神宮前駅から周遊バス「石舞台」下車徒歩約8分
カテゴリー
日本遺産構成文化財/遺跡・跡地

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