飛鳥の明日香の里を(明日香村)/散策スポット/山田寺跡
やまだでらあと
倒れたまま埋もれた回廊が出土した寺院跡。
蘇我倉山田石川麻呂(そがのくらやまだのいしかわまろ)の発願による寺院の跡です。
石川麻呂は蘇我氏の一族でありながら、645年の乙巳の変では中大兄皇子・中臣鎌足の側につき、蘇我入鹿を討つ計画に加わりました。改新政府では右大臣を務めます。
しかし649年、謀反の疑いをかけられ、造営中のこの寺で自害しました。無実だったことが後に判明したと『日本書紀』は伝えます。寺の造営はいったん止まり、その後、天武天皇の時代に再開されて完成しました。
この寺跡が特別なのは、1982年の発掘調査によります。
倒壊したまま土中に埋もれていた東面回廊が、良好な状態で見つかりました。柱、連子窓(れんじまど)、組物といった部材が、倒れたときの並びのまま出土したのです。
飛鳥時代の木造建築で、これほどまとまって部材が残った例は他にありません。法隆寺より古い時代の建築を実物で知ることができる、第一級の資料となりました。出土品は奈良文化財研究所の飛鳥資料館で公開されています。
伽藍は、南門・中門・塔・金堂・講堂が南北に一直線に並ぶ配置でした。塔と金堂が縦に並ぶこの形は、四天王寺式と呼ばれます。
飛鳥寺の一塔三金堂、川原寺の一塔二金堂と比べると、こちらは簡潔です。同じ時期に、まったく違う配置の寺が近接して建てられていたことになります。
2026年7月26日、「飛鳥・藤原の宮都」の構成資産のひとつとして世界遺産に登録されました。
所在地は明日香村ではなく桜井市です。近鉄桜井駅からバス「山田寺跡」下車すぐ。
寺跡は整備され、礎石と基壇を見ることができます。見学は無料です。
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