飛鳥の明日香の里を(明日香村)/コラム/彼岸花はなぜ畦に一列に咲くのか
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田の縁に沿って、定規で引いたようにまっすぐ並ぶ赤。自然に生えたものではありません。人が球根を運んで置いたものです。
9月の下旬、明日香の田がいっせいに赤く縁どられます。稲は黄色く実り、その境目に彼岸花が並ぶ。1年でいちばん人の多い季節です。
ただ、よく見ると不思議な咲き方をしています。
田のなかには1本も生えていません。畦の上と、水路の縁にだけ、線のように続いています。
野の花なら、風で種が飛んで、あちこちにばらけて咲くはずです。ところが彼岸花は線から出ない。
理由は単純で、人が植えたからです。
彼岸花の球根には、リコリンというアルカロイドが含まれています。食べれば吐き気や下痢を起こす毒です。
これが畦にとって役に立ちました。モグラやネズミが畦を掘ると、そこから水が抜けて田が干上がります。毒のある球根を並べておけば、掘り返されにくくなる。
加えて、球根が密に並ぶことで土が締まり、畦そのものが崩れにくくなります。
つまり彼岸花の列は、花壇ではなく農具に近いものです。美しさは結果であって、目的ではありませんでした。
もうひとつ、この花には変わった性質があります。
日本の彼岸花は、実を結びません。染色体が3組ある三倍体で、種ができない体になっています。増えるのは球根が分かれることによってだけです。
ということは、日本じゅうの彼岸花は、球根が分けられて運ばれた結果だということになります。遺伝子の上ではほぼ同じもの、つまり全部が同じ株の分身です。
風で広がれないのだから、畦から出られない。線になる理由はここにあります。人が運んだ場所にしか無いのです。
彼岸花は、花の時期に葉がありません。写真をよく見ると、赤い花のまわりに見えている細長い葉は、稲や他の草のものです。
花が終わってから、地面から細い葉がまとまって出てきます。その葉は冬じゅう緑のまま光合成をして、初夏には枯れる。そして秋に、葉のない茎だけがすっと伸びて花をつけます。
葉は花を見ず、花は葉を見ない。このことから「葉見ず花見ず」とも呼ばれます。
農地としてはこれが都合よくできています。田に水が入り、稲が育つ春から夏のあいだ、彼岸花は地中で休んでいます。稲刈りが済んで田が乾く秋から冬に葉を広げ、養分を球根にためる。稲と時期がぶつかりません。
彼岸花には、異名がとても多い花です。地方ごとの呼び名を集めると千を超えるとも言われます。
曼珠沙華(まんじゅしゃげ)は仏典に由来する名で、天上に咲く花の意味です。一方で、死人花、幽霊花、地獄花といった名も各地にあります。
不吉な名が多いのは、墓地の周りによく植えられていたこと、そして毒があることによります。子どもに摘ませないための呼び名でもあったのでしょう。
墓地に植えたのも、畦と同じ理由です。土葬の時代、獣に掘り返されるのを防ぐためでした。
毒があると書きましたが、この毒は水に溶けます。
球根をすりつぶし、何度も水にさらすと毒が抜け、デンプンが残ります。飢饉のとき、これを食べて命をつないだ記録が各地にあります。救荒植物と呼ばれるものです。
畦や墓地という、田畑をつぶさずに済む場所に大量に植えられていたのは、非常用の食糧をそこに備えていたのだという見方もあります。
毒があるから獣が来ない。手間をかければ食べられる。飢えたときにだけ掘る蓄えとしては、よくできています。
彼岸花は中国が原産です。いつ日本へ来たのかははっきりしませんが、稲作とともに球根が持ち込まれたとする説があります。畦の花である以上、田と一緒に来たと考えるのは自然です。
『万葉集』に、この花ではないかとされる歌があります。
「道の辺のいちしの花のいちしろく人皆知りぬ我が恋妻は」。柿本人麻呂の歌で、道ばたの「いちし」の花がはっきり目立つように、私の妻のことはみんなに知られてしまった、という意味です。
この「いちし」が何の花かは決着していません。ヒガンバナとする説が有力とされますが、イタドリ、ギシギシなどの説もあります。
ただ、道ばたではっきり目立つ花、と言われて赤い彼岸花を思い浮かべるのは、そう無理のないことです。
見ごろは9月の下旬から10月のはじめです。花の期間は1週間ほどと短く、年によって数日ずれます。
有名なのは稲渕の棚田で、同じ時期に案山子コンテストが行われています。棚田を見下ろす朝風峠から下りていくと、段ごとに赤い線が重なって見えます。
飛鳥川沿いや、集落のあいだの細い畦道にも普通に咲いています。人の多い場所を外して歩いても、同じ花が同じように並んでいます。
畦は農地です。列のなかへ立ち入ると球根を傷めます。道から眺めてください。
毎年この時期、明日香の写真が数多く撮られます。実った稲と、その縁を走る赤。ここでしか見られない景色のように語られることもあります。
ただ、その赤い線は自然が作ったものではありません。田を守るために、誰かが球根を運んで、一つずつ並べたものです。それが何代も受け継がれて線になりました。
棚田も、畦も、彼岸花も、人が手を入れ続けてきたから残っています。その手が止まれば、線は消えます。
秋の明日香の赤は、風景であると同時に、農作業の跡でもあります。
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いなぶちのたなだ
日本の棚田百選。秋には巨大な案山子が立つ。

あさかぜとうげ
稲渕の棚田を見下ろす峠。竹やぶのあいだを抜ける細い道。

あすかがわのとびいし
橋ではなく、川床に据えた石を跳んで渡る。万葉の歌に重ねて語られる渡り。
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